ぱらダイアリー

読むタイプのウンコです

診断推論ってやつを勉強しています

こんにちは。じーむです。


たまには僕が最近大学でやっていることについてお話しようと思います。


僕は大学で医学を専攻していますが、医学部が全体として何を目指しているかというと、ずばり医師国家試験の合格ですね。こいつに通ってしまえばお医者さんです。


医師国家試験はなかなかよく出来ている試験で、これの対策をすればどの領域も満遍なく学ぶことが出来ます。というのも、将来外科になりたいから内科のことなんて全然わからなくていいかというとそんなことはなくて、糖尿病を抱えている患者さんの癌の手術をするんだったら癌のことと合わせて糖尿病の管理をしないといけないわけですし、薬を処方するならどういう臓器に副作用が生じるかとかも考えないといけないわけです。


そんなわけで、それぞれ300ページくらいある教材を20科目以上覚えまくるというのが医師国家試験なのです。


ただ、こういう資格の勉強というのはペーパーでやる以上限界があるのが常ですね。テストで求められるスキルと現場で求められるスキルには乖離があるわけです。医師国家試験が実臨床と離れているポイントはいくつもあるわけですが、一番は「自分で診断をつけるプロセスに乏しい」というところでしょう。


実際に医師国家試験の問題を引っ張ってきました。

48歳の女性。手関節と手指の腫れを主訴に来院した。6か月前から両側の手首や手指の関節の痛みを自覚していた。市販の消炎鎮痛薬と貼付剤とで様子をみていたが改善しないため受診した。朝起きてから約1時間は手指を動かしにくい。身長155cm、体重45kg。体温36.5℃。脈拍72/分、整。血圧132/74mmHg。両手関節、両手示指の中手指節関節〈MP関節〉および近位指節間関節〈PIP関節〉に腫脹と圧痛とを認める。尿所見:蛋白(―)、糖(―)。血液所見:赤血球392万、Hb 12.1g/dL、Ht 36%、白血球8,800、血小板45万。血液生化学所見:総蛋白7.2g/dL、アルブミン3.7g/dL、クレアチニン0.7mg/dL、Na 140mEq/L、K 3.8mEq/L、Cl 103mEq/L。免疫血清学所見:CRP 2.8mg/dL、リウマトイド因子〈RF〉80IU/mL(基準20未満)、抗CCP抗体52U/mL(基準4.5未満)、CH50 55U/mL(基準30〜50)、抗核抗体陰性、抗SS-A抗体陰性。手の単純エックス線写真で異常を認めない。
この患者の早期の病変評価に有用な検査はどれか。2つ選べ。
a 血管造影
b 関節MRI
c 筋電図検査
d 関節鏡検査
e 関節超音波検査


なげ~~って感じですが、これを見ると、僕らは最後の方に「抗CCP抗体52U/mL(基準4.5未満)」って書いてあるのを見てすぐに「関節リウマチ」って診断できます。


これ、全然診断の力は養えていないんですよ。なぜなら、一般的な診断のプロセスって

問診→身体診察→検査

なんです。

まず患者さんのお話を聞いて、実際に身体に触れたりして、最後に検査をするというプロセスです。ですから、なんの検査をするかを自分で考えないといけないんですね。「関節リウマチかな~、じゃあ抗CCP抗体の検査出しておこうかな~、あ、やっぱり高い。じゃあ関節リウマチっぽいな!」が正しい流れであって、この問題みたいにいきなり抗CCP抗体の結果が分かったりしないんですよ。


患者さんは最初に「なんか手が腫れぼったくて……」ぐらいしかしゃべってくれないと思います。だから、自分で推論して必要な検査をオーダーしないといけないわけです。


ところで、少し蛇足になるのですが、どんな検査したら良いかわからないなら手あたり次第それっぽい検査をすれば良いじゃないかと考える人がいるかもしれません。非常に良い着眼点なのですが、これはまったくの悪手です。良いところがないです。理由はふたつあります。


まず、不経済です。日本では基本的に治療や検査にかかった費用の大部分を税金が負担することになっています。日本の医療費は年間およそ45兆円です。ヤバすぎです。ちなみに、2000年はおよそ30兆円でした。医療費の増加率がGDPの成長率に見合っていません。人口増加・経済成長期に病院を含む大規模なインフラ投資を行って、そのころの制度をまだ使い続けている結果ですね。身の丈に合わない制度なのです。こういう背景があるので、「やたらめったら検査をしない」というのは、医師として負うべき責任のひとつなのです。


もうひとつは単純に、正確な診断を下せなくなるということです。検査をして異常を検出するには正常の範囲を定める必要がありますが、これは統計学的に95%の人がここに収まるよねっていう範囲を根拠にしています。逆に言えば、5%の人は異常がなくても引っかかっちゃうわけです。これが非常に問題で、検査をかけまくると目の前の問題とは関係ない異常まで検出されて、実際は正常なのにその結果について吟味・介入してしまって、本来対処すべきプロブレムがおろそかになる、といったことが挙げられます。


以上の議論は「検査しまくればいいてもんじゃないよね」問題の一部*1なのですが、ちょっと話が脱線してしまいましたね。


本筋に戻すと、要は

外来診療における「問診→身体診察→検査」のプロセスで、検査をなるべく最小限にするために問診と身体診察のスキルを上げるのが大事だよね。でも医師国家試験は試験の性質上それにあんまり向いていないから自分で勉強しておくと良いよね

ってのがここまでの総括になります。くどくてすみません。


以上のようなことを病院実習を経験する中で実感したので、その筋の人たちの勉強会に参加させてもらって診断推論ってやつを学ぶことにしました。これがなかなか興味深くて楽しいのでさわりだけ話そうと思います。専門的な話はほとんど出てきませんし、皆さんも病院にかかったときに「あ、こいつこういうこと考えて聞いているんだ」的な楽しみ方ができるかもしれないのでお時間ある方はお付き合いください。


ちなみに、問診→身体診察→検査で、どのプロセスがどれくら重要かって気になりますよね。診断に対する臨床情報の貢献度は、病歴が76%、身体診察が12%、検査が11%という有名な研究*2があります。すごいですよね。病歴と身体診察を極めればほぼ9割がた診断を下せるわけで、検査はダメ押しの一手に過ぎないという結果が出ています。興味のある人は読んでみてください。


身体診察については多分よくわからないと思うので、今日は問診について書きます。












ある日、当直をしていたらお腹が痛いという患者さんが2人やってきました。


腹痛といっても様々です。ひとりは
16歳 男性 昨日からの腹痛 吐き気
もうひとりは
47歳 男性 今朝からの腹痛 吐き気


この男の子とおじさんで同じ疾患を考えるでしょうか?少し具合が違いそうですよね。


さて、この時点でどんな病気がありそうか考えてみます。
「よくある病気」「見逃したらヤバイ病気」で考えるのがポイントです。
(今回はあえて正式な医学用語でない表現で書くこともあるのでご了承ください)

よくある病気

とかですね。虫垂炎っていわゆる「盲腸」ってやつです。あとは、便秘なんかも腹痛をきたします。

見逃したらヤバイ病気

  • 腸に穴が開くやつ
  • 血管が破けるやつ
  • 大事な血管が詰まっちゃうやつ

とかです。ホントはもっとたくさんあるんですけど、キリがないのでこのくらいにしておきましょう。


さあ、お腹の痛い患者さんが入ってきました。「先生。おなかが痛くて……」


次に何を聞きますか?


問診も検査と同じで、やたらめったら聞けばよいというわけではありません。たくさんの情報がピックアップされると混乱してしまい、かえって正解から遠のくからです。


腹痛の問診では「発症様式」が大切です。発症様式というのはどのように症状が出てきたかということです。これだけでだいぶ疾患の種類を絞れます。


発症様式は突発性急性慢性という分け方をします。


突発性というのは本当にいきなりイテ!!!!!!!!!!って感じのやつです。これは血管がやぶれたり、腸がねじれたりするときに出る痛みの特徴で、けっこう怖い病気のことが多いです。


急性あ~~~痛いかも。あ~~~~だんだん痛くなってきた。イテテ……みたいな感じです。分とか時間とか日レベルの時間軸ですね。感染症とかはこういうのが多いです。


慢性はだらだら痛いんです。月単位です。腰痛とかそういう感じ。


患者さんに尋ねてみたところ

男の子は「昨日の給食後しばらくして急に発症」だそうです。急性ですね。

いっぽう、おじさんの方は「テレビで天気予報を見ていたら突然」だそうです。このように、患者さんが特定の時点を指すような場合は突発性です。

このおじさんの方はさっき挙げた「見逃したらヤバイ病気」を疑わないとダメそうです。逆に言うと、そういった病気を検索するような問診、身体診察、検査が必要になりそうです。


では次になにを聞きましょうか。


痛みの問診で大切なのは、「痛みの性状」です。痛みって大きく2つに分けられるんです(ホントはもっと細かいんですけどそういうことにしておいてください)。それは、内臓痛体性痛です。


内臓痛というのは、部位をピンポイントに特定できないような鈍い痛みです。一方、ピンポイントに鋭い痛みを感じるのが体性痛です。大きな違いとして、動いたときに悪化するかどうかというのが挙げられます。内臓痛は変わらなくて、体性痛は悪くなります。


たとえば、お腹を壊したとき。じっとしていても痛いですし、立ち上がったからその痛みが急に増すようなことはないですよね。これは内臓痛なんです。対して、突き指。痛い指を誰かに掴まれたらふざけんなってキレちゃいますよね。動かしたら痛いからです。逆に、動かさないでおくと楽になります。これは体性痛。


このように、痛みの種類で病気の性質もある程度整理できたりします。今回、男の子のほうは「右下を向いてじっとしていると楽。歩くと痛い。」と言いましたからこれは体性痛です。

一方、おじさんの方は痛みでのたうち回ってます。じっとしていて楽になるのならのたうち回らないはずです。これは体性痛ではありませんね。







とまあこんな感じで同じ「腹痛」でも細かく見ていくと全然違うわけで、こういった「腹痛」のより詳細な性質を洗い出すようにお医者さんは問診していくわけです…………





ここから先は医学部生向けの話です。読み飛ばしてもらって結構です。


学生の間にどの診療科に行くか決めている人は少ないと思います。普通、決めるのは卒業して1~2年たったタイミングです。今の時点でこれはいいなと思っていても、この先コロコロ変わる機会はいくらでもあります。


これは非常に困ったことです。なぜなら、学生の間に何を勉強してよいか迷うからです。いま肺癌の勉強をたくさんしても、将来糖尿病の科に行くならちょっとビミョいですよね。


もちろん、医師国家試験の勉強が優先です。それはそうなのですが、+αで何をやるかというときに非常に悩ましいのです。冒頭で医師国家試験はけっこう大変みたいなことを書きましたが、ぶっちゃけマジメにやっていればそうでもなくて、ほとんどの人は4年生のときにひと通りの範囲を終わらせているのであとはその復習をするだけなんですね。そんな感じで、医師国家試験のことだけやるというのはかなりさびしい学生だと思いますし、肝心な診断をくだす能力がショボいまま現場に出ることになってしまいます。


そういうとき、「どの科でも使えること」を自主的に学んでみるのが良いと個人的には思っています。僕はこの「診断推論」のほかに「ACLS」という救急対応の勉強会にも入っています。これらは多分どの道に進んでも活きてくると思っていますし、なんならその道に進んでも良いと思っています。


そんな感じで、大学生活の間に将来を見据えて「意味のあるもの」をいろいろやっておくと現場に放り出されたときのあたふたが減って良いかな~なんて期待して過ごしています。






最後はちょっとどうでもよい話になってしまったんですけど、とりあえず「診断推論っておもしれ~~~」ってなってもらえたらこの記事の試みは成功したことになります。最後まで読んでくれた人はありがとうございました。


それでは。

*1:ほかにも、無駄にCT撮りまくるのは被爆が増えて良くないよねとか様々な問題点がある

*2:Peterson MC, Holbrook JH, Von Hales D, Smith NL, Staker LV. Contributions of the history, physical examination, and laboratory investigation in making medical diagnoses. West J Med. 1992 Feb;156(2):163-5.